所作台へのこだわり~お稽古場リフォーム工事を終えて

今年2月、お稽古場のリフォーム工事を行いました。二人立ちで踊るのが楽しくなるほど広くなりました。

これまでのお稽古場は8畳の洋室に所作台を入れただけのしつらえでした。二人で踊るといっぱいいっぱい。見学の人が来ると、廊下にあふれるしかなかったのです。

広くなって、お稽古場らしくなりました。部屋全体も和のしつらえにリフォームしました。

色の違いは6年前の所作台と新しい所作台の違い

所作台が敷き詰められ、障子のある空間は、凛とした空気がただよい、身が引き締まります。職人さん達の技術の結晶です。今日は、所作台について書こうと思います。

所作台って何?

所作台をご存じですか?伝統芸能に携わる方以外では、あまりご存じないかもしれません。

歌舞伎を見に行くと、踊りの演目が始まる前に、歌舞伎座のスタッフさんが、花道に、二人がかりで大きな板のようなものを置くのを見たことがあるかもしれません。舞台にも同じように敷き詰めています。あれが所作台です。

舞や踊りには欠かせないもので、能楽や雅楽でも使うものです。歩くと、ミシッ!と木がきしむ音がします。足で拍子を踏むと、ダン!と大きな音がします。これはわざと音を大きくする構造になっているのです(後述)。

日本舞踊のお稽古場には、必ずしも所作台があるとは限りません。畳の部屋だったり、普通のフローリングでも、踊ることはできるものです。所作台のあるお稽古場はむしろ、贅沢品といえるかもしれません。

私が自分のお稽古場には所作台を敷きたいと強く願ったのは、たまたま子供の頃習ったお師匠さんのお稽古場に所作台があったからです。歩くとミシッと音がして、足拍子を踏むとダン!と音がする。そして何より、すり足で歩いても、足拍子を踏んでも、足裏の感覚がとっても気持ち良い!この気持ちの良い感覚は踊る快感の一つであり、自分もそうですが、多くの人に味わってほしい、と思いました。それが、私が所作台にこだわった理由です。

昔のお稽古場の所作台は、当時の大工さんが作ったもののようでした。こういうものを頼める大工さんってどこにいるのかなぁ?途方に暮れたとき、家人がネットで調べてくれて、出会うことのできたのが、東京・新富町にある株式会社井手口という会社でした。

所作台の仕組み

株式会社井手口さんは、国立劇場や国立能楽堂をはじめ、地方自治体の劇場や、宮内庁の雅楽の舞台も手がける会社です。

この世界の第一級の会社に、駆け出しの一舞踊家にすぎない私が、お稽古場をお願いするなど恐れ多いとは思いましたが、前述したように、所作台を置きたい!という強い思いがありましたので、ハード面にお金をかけることにしました。

井手口さんは、所作台で実用新案をとっていらっしゃいます。所作台の仕組みはこうです。12㎝の台になっており、中は空洞ですが、踏み抜けないように、一定の間隔で桟や筋交の木で補強されています。

所作台の高さは我が家のおひな様の五人囃子と同じくらい

中が空洞になっていますので、足裏をダン!と鳴らすほど踏んでも、足への衝撃は少ないのです。むしろ、前述したように心地よい感覚すらあります。

所作台は、劇場やお稽古場の寸法に合わせて工場で作られます。そして現場に運ばれて、敷き詰められ、職人さんが細かいところを調整して、完成します。

当教室の場合、6年前、8畳の洋室の中の9.8平米に4台の所作台を敷きました。その2年後に、もう1台を追加し、少し広くしました。お弟子さんの数も増え、手狭を感じたので、今回、隣の6畳の部屋とつなげて広くし、3台追加しました。

写真は、運び込む作業の様子です。お稽古場が2階ですので、およそ3m×74cmもの台は、普通の住宅の階段では運ぶのが困難で、どのように2階に上げるかが課題でした。トラックに、鳶の方が乗れる足場を組み立て、職人さん達がリレーで窓までかつぎ上げて、2階の部屋に入れるという方法で行いました。

無事、大きな所作台を運び込むことができた時は、ホッとしました。

伝統芸能の足拍子

初心者の方が習い始めるとき、まず足の技術として①歩く、②すべる、③足拍子の基本動作を教えますが、この「足拍子」の時は、必ず所作台の話をします。

「足拍子」は、足を地面にトンと踏むものですが、例えば、西洋にもタップやステップという足を踏む動作があります。西洋のタップとの大きな違いは、タップは靴を履きますが、足拍子は靴を履きませんね。そして、そもそも体の使い方が違います。日本の伝統芸能では、足裏を地面と同じく水平に上げて、その位置からまっすぐ地面に打ち下ろす感じで行うからです。

初心者の方は、この動作がとっても苦手です。「足を上げてください」と言うと、足裏が後ろを向いてしまうものです。

足裏を地面と同じまっすぐにあげるには、①腰を少し低くし、②上げる足と反対の足に重心を乗せて、片足立ちをするように上げる必要があります。このとき、足裏が後ろを向かないように、股から上げる必要があります。股の筋力とバランス感覚が必要なのですが、コツがわかれば、誰でもスッと足が上がるようになります。

足裏をまっすぐあげた状態から、そのまま所作台に向かって足を打ち下ろすのですから、踵や土踏まずに負荷がかかります。この負荷は大きすぎると、土踏まずのアーチを壊してしまう危険性があるかもしれませんが、適度な負荷であれば逆に骨密度は上がるんじゃないかと思います。前述したように所作台は、床の下が空洞になっていますので、負荷は大きくなく、むしろ「あぁ気持ちいい!」という快感が来るのです。地の神様からエネルギーを得るように、元気が出て、高揚感も生まれます。

だから私は、初心者の方に「ダン!って音がするでしょう?これはわざとそうしているんですよ」と、所作台の仕組みについてお話しするのです。そして、所作台で拍子を踏むのと、所作台でない床で足踏みをするのとどれだけ足裏の感覚が違うのか、ということも体感してもらいます。

日舞の足拍子には、軽く足を上げるもの、足音を出さないものから、足音をしっかりと出すものまでいろいろあり、それはその踊りの演ずる役柄によって違います。それは、日舞は、お芝居つまり江戸時代の歌舞伎からきているからなのです(写真は、足拍子が代表的な演目「越後獅子」)。

そしてさらに前の室町時代に生まれた能楽では、足の打ち鳴らし方がもっとはっきりとしています。腰を低くして踏ん張り、足を地面からまっすぐに上げ、上からど~んと力強く打ち下ろします。足音も、大鼓、小鼓と同じように一つの楽器の役割を果たしていて、日舞の足拍子の原初的な形を感じます。

さらにその原型は、古代において巫女がどん!どん!と地面を踏みならして、神々からの憑依の舞を踊ったことを考えると、日本の芸能において、西洋文明が入ってくる以前の舞や踊りには、足を地面に打ち下ろす足拍子が、不可欠なものだったと思うのです。

ここから先は私の勝手な仮説ですが、足拍子は地面の下にいる神様を起こして、一体となるためだったのではないかと推察します。日本において、神々はあちこちにいらっしゃるのですが、一番は生きるための食べ物、穀物をもたらす足下の地にいらっしゃると思うのが自然なのではないでしょうか。農耕民族であるがゆえに、神様のいらっしゃる地面と親しむように、体を低く使う所作を美しいと思う文化なのではないかと思うのです。

ですから、足を踏みならしてダン!という音を出す所作台は、日本の伝統芸能に不可欠であり、実際に所作台の上で踊ると足や身体に心地よさを感じることができるのではないかと思うのです。

木の話

「所作台はヒノキですか?」と聞かれることがあります。檜舞台という言葉もあるくらいですので、私もヒノキには憧れます。それに私は、アロマの中でもヒノキオールの香りが大好きです。

でも、うちの所作台はヒノキではありません。スプルスという米国産の木なのです。でもヒノキと同じくらい柔らかです。足に優しいですし、扇子を落とそうものなら、あっという間に傷がついてしまいます。

井手口さんが一番初めに教えて下さったのは、木材の事情でした。所作台を形成する板は、その太さの木の板(一枚板)が何枚もなければ作ることができません。太い木、つまりある程度の年数育った木がなければ、作ることができないのです。木が太くなるのは、十年単位の年数が必要です。日本になければ世界に求めるにせよ、ある程度の年数育った太い木がないと、できないのです。所作台が贅沢品となる所以です。

お稽古場を採寸して、どのくらいの所作台を作るかを決め、どの太さの木を組み合わせて所作台を作るかを決め、それができる材木を用意しなければなりません。したがって、注文を受けてからすぐにはできないのです。ある程度の期間が必要、とのお話をしょっぱなにうかがいました。

このお話はとても印象に残りました。もともと井手口さんは、戦後創業された当初は木材の会社だったそうで、ここに強みがあり、所作台のための太い木を確保することができるのだということです。そもそも木材を確保することがどれほど困難か、林業という時間のかかる仕事がいかに貴重かを知りました。

今年の所作台は、6年前の所作台と比べて1台あたり1.5倍にはねあがりました。この6年間、円安が進んだことにプラスして、米国でも住宅需要が高く、建築用材木であるスプルスの値段が上がったからだそうです。建築費の増大は、今日本中の問題になっていますが、私もその影響をしっかり受けました。

所作台が完成した後、井手口のスタッフさんは、所作台を木綿のぞうきんでカラ拭きされます。それはどこの劇場においても、そうされるそうです。天然の木材には、木綿のカラ拭きが一番良いからなのだそうです。様々なホコリが舞う現代、得てして化学ぞうきんを使ったり、水拭きをしたりしてしまいがちですが、お掃除の原点を再確認した思いでした。

こうして、念願のお稽古場が完成しました。お稽古場を作ってくださった井手口さんの職人さん達の技術に心から敬意を表するとともに、この凛としたたたずまいに気持ちを引き締め、お稽古にいらっしゃる皆さま方には踊る楽しさ、心地よさを感じていただければ、私は幸せです。