「大人からやってもできますか?」の疑問に答える(日本舞踊は子供のときからやらないと上手くなれないか?)

初めて習う人の不安

新型コロナの感染状況がようやく落ち着きを見せ始めた10月頃から、教室への問い合わせが増え始め、やっと新しい生徒さんがいらっしゃるようになりました!

ところで、最近気がついたことですが、新しくいらした方々からの質問で多いのが、

「大人からでもできますか?」というものです。

当HPの「よくある質問」でも、「40代で初めてですが、今からでも始められますか?」というQ&Aを掲載しました。子育てを一段落された方が、初めて日本舞踊を始められるという想定です。

その質問に対するお答えは、

「大丈夫です。私自身が本格的に始めたのは、29歳のとき、会社員をしながらでした。中には83歳で始め、92歳の今も元気にお稽古を続けている方もいらっしゃいます」と答えています。

しかし、よくよく考えると、「大人からでもできますか?」という質問の裏には、「大人からやっても、上手に踊れるようになるのか?」という不安も含まれていることが多いと気がつきました。

さらに、掘り下げると、「日本舞踊は子供のときからやらないと、うまく踊れないのではないか?」という思いもあると思いました。私のプロフィールを見た方は、「20年ブランクがあったとはいえ、子供のときにやっていたのでしょう?大人から始めても、ちゃんとうまくなれるんですか?」という思いもおありなわけですね。私のQ&Aは、その思いに真正面から答える内容になっていないことになります。

そこで、今日は「大人からやっても、上手に踊れるようになるのでしょうか?」「日本舞踊は子供のときからやってないとうまくなれないですか?」という問題を真正面から考えてみたいと思います。

「長くやっている人ほど上手である」は、意外とそうでもない

子供のときからやっていないと、ものにならない――このように思われているものは、日本舞踊ばかりでなく、ピアノ、バイオリン、バレエなどもそうですよね。音楽系やスポーツ系など、運動神経や五感など大きな意味で身体を使うものが多いと思います。身体や脳がまだできあがっていない時期から発達過程と共にすり込んでいかないと、ある程度のレベルにならないと思われています。

日本の伝統芸能も、身体と感覚をものすごく使う分野の一つです。歌舞伎役者さんや能楽師さんなど、伝統芸能を継ぐ家に生まれた方は、小さいときから親に仕込まれている、というのがテレビなどでよく取り上げられますので、「伝統芸能は子供のときからやらないと…」というイメージが強いかもしれません。

私はごく普通の家で、たまたま近所に踊りのお師匠さんがいたから3歳から始めました。実家がお店で忙しかったので、お稽古に通うことは、父や母にとって「ちょうどよい子どもの預け先」だったかもしれません(自分のお稽古が終わっても、他の人がお稽古しているのを何時間も飽きずにずーっと見ていました)。

実は、3歳~10歳の日本舞踊の記憶がほとんどないのです。聞くところによると、一生懸命お稽古していたそうなので、当時の私にとって面白かったであろうことは間違いないのですが、意外とあっさりやめてしまいました。

それから約20年のブランクをへて、再開したのは29歳です。なかなか上手になれなかったので、「子どものときにやっていたといっても、全然覚えてないし、あまり関係ない」と思いました。

ただ、 “イヤーッ”とか “ハァッ”とか“チン、トン、シャン”といった邦楽独特の間(ま)は脳の中にしみこんでいて、「あぁこれは聞いたことがある節回しだ」とすぐ馴染みましたが、子どものときに7年やっていたアドバンテージなんてそんな程度です。

踊りのお師匠さんたちが話しているのを聞くと、「あの人は上手ね。やっぱり子どものときからやっているから」とか、「やっぱり長くやっている人は違うわね」などと話しているので、「そうか、10代20代という体が一番できあがっていく時期にお稽古してこなかった私は、ダメなんだろうな」と思っていました。

「長くやっている人ほど上手である」――これを、仮に「お稽古の年数と上手さは比例する」法則とよぶことにしましょう。この法則は、結構根強く信じられているわけですが、私自身、いろいろと見聞きし経験をするなかで、「いや、意外とそうでもないんじゃないの?」と思うに至ったのです。

中年を過ぎても上手くなれるという「希望」

子どものときと、大人になってからは二人のお師匠さんに習い、私は生涯で三人のお師匠さんに習いました。このお三方がお三方とも、まったく違う教え方のお師匠さんなのです。

ある方は、私が覚えるまで何度も立ってくださり、ひたすらフリを真似るというお稽古でしたが、あまり言葉で教えて下さる方ではありませんでした。

抜群に踊りが上手な方でした。自分はとても追いつけないと思いました。圧倒的に違う踊りのレベルを、どのようにしたらちょっとでも埋められるのか、その先生はあまりおっしゃらないので、一人で試行錯誤していました。

その方がお亡くなりになってから習うようになったもう一人の師匠は、あまり一緒に立ってお稽古をしてくれません。しかし、どうしたら上手に踊れるかという体の使い方を、細かく丁寧に、厳しく言葉で指摘してくれます。

あまりにダメ出しが何回も出るので、「そんなに私はダメなのか」と涙が出そうになるときもありますが、「これができれば、ある程度のレベルの踊りになる。それを今惜しみなく教えて頂いている」といううれし涙もあり、必死で覚えてノートに書き残す日々です。

このお師匠さんが教えてくれたのは、大人からやったとしても、最初は下手くそだったとしても、コツをつかめば、何とかモノになるという「希望」でした。私はもうすぐ60歳ですが、「これ以上上手くなれない」とか「今からやったって無理だ」と思わなくなりました。

周りを見渡せば、40歳を過ぎて、つまり中高年になって新しいことに挑戦して、それなりのプロになっている方はいらっしゃるものです。

例えば、私の知っている芸者さんは、普通の会社員から40歳を過ぎて芸者となり、今50歳ですが、プロとして立派に踊っていらっしゃいます。

有名なところでは、俳優・香川照之さんが40歳代半ばで歌舞伎役者となり、市川中車として舞台に立たれています。歌舞伎座で、女方もそれなりにこなされているのを見て、「いや~すごいな~」と舌をまきました。

しかし、おそらくですが、このお二人とも、ものすごい努力をされたであろうことは、想像に難くありません。

師匠の言葉を自分の身にするために、自分なりに工夫してみる

その努力とは、もちろんお稽古なのですが、若いときと違って、すでに体ができあがってしまっていますし、時間が無尽蔵にあるわけではありません。ただただ時間をかけて、繰り返しお稽古をする、のでは追いつかないものです。

問題はどのようにお稽古をするか?でしょう。自分の身につくよう自分に合った方法を、自分で工夫するしかないのです。お師匠さんの力と自分自身の力が合体して初めて、上手になれる道が見えてくるようです。

私自身の拙い努力について、皆さんのご参考になればと思い、書いてみます。

それはまず「生活の中に、お稽古の要素を取り入れる」です。

子どもと違って大人は仕事あり、家事あり、忙しいものです。自主稽古の時間を特別に作ることは難しい。そこで、生活の中でちょっとしたスキマ時間にプチお稽古をするのです。

例えば、東京の会社に通勤していたときは、満員電車の中で立って、周りの人に気づかれないように首を振ったり、手を動かしたりしてお稽古をしていました。

今は、お稽古に通う電車の中で、今日お師匠さんに言われたことを頭の中で反芻して忘れないようにし、寝る前にノートに書き起こしておきます。

晩ご飯の支度をしているとき、鍋でグツグツ煮込んでいる待ち時間には、台所の中の畳2畳ほどのスペースを使って、お師匠さんに言われてなかなかできなかったフリを繰り返しやってみて、何とか身につけようと試行錯誤しています。

もう一つは、「自分の今の体でできていること・できないことを最大限活用する」です。

お教室に初めていらっしゃる方の中には、日本舞踊はやったことがないけれど、他のダンス系をやったことがある人も少なくないと思います。元来踊るということがお好きな方なわけですね。

私は「バレエでもジャズダンスでも、踊りは皆同じですよ」とお伝えしています。どういうことかというと、踊りというのは、和洋を問わず、すべからく腰を使って体の中心が整っている踊りが、美しく見えるということです。

和と洋の違いは、エネルギーが下(地)に向かうか、上(天)に向かうかの違いです。日本舞踊は、腰を入れる(落とす)動作が多く、洋舞はつま先で伸び上がる、飛び上がる動作が多い。これは文化の違いによります。

ですので、バレエをなさっていた方は、バレエによってすでに踊る身体ができているわけですから、あとはバレエと日本舞踊の違いだけを意識して練習すればいいのです。それを意識することは、いろいろな気づきがあって、きっと楽しいお稽古になると思います。

「できない」から「できる」過程こそお稽古の醍醐味

逆に「できないことを活用する」というのは、欠点を逆手にとるという発想です。

できない人、特に大人にとっては「結果」だけ習っても、なかなかできないものです。「できない」ところから「できる」ためには、そのプロセスを自分なりに考えて、気づいて、言語化しなくてはならない。

私は「できないこと」「下手くそなこと」が多かったので、そこから「できる」レベルになるために、この「考える」「気づく」「言葉にする」を活用しました。そのために、自分が今通っている野口整体を活用し、また、様々なボディワークの本を読んで勉強しました。

例えば、私は師匠に「手先だけで踊っている!」「右手と左手の間が細々しているのはダメ!」と指摘されたときがありました。お師匠さんが私の腕をつかんで「こうやるの!」と手取り足取りして下さったときは、「なるほど」と思うわけですが、その次の瞬間には頭からすっ飛んで分からなくなります。自分だけの力では、良い体の形を再現できないわけです。

困った!しかし、そのときたまたま私は膝の悩みで、ロルフィングというボディワークに通っていました。そこで、「脇の下にタオルを入れて、その部分の感覚を高めると、胸が自然に張れて上半身の形が良くなる」ということを教わり、「これだ!」と直感しました。

とはいえ、脇の下にタオルを入れて踊ることはできません。そこで、二の腕にヘアゴムをつけて踊ってみたのです。

そのとき初めて二の腕と胸の間の感覚が意識でき、「腕から肩甲骨全体を使って踊る」ことに開眼したのです。「あぁ、お師匠さんがおっしゃっていたのは、こういうことだったのか…」と分かりました。

自分が分かったことは、惜しみなく生徒さんにお伝えしています。「できない」から「できる」過程に至るプロセスというのは、「できない」私だからこそ教えられる。最初からできる人には教えられません。「できない」「下手くそ」な私にしかできないことかもしれません。

しかし、これとても私・坂東三乃智の分かった過程でしかありません。皆さんは、皆さんの「できない」レベルから「できる」ことを発見していってほしいのです。教える人と教えられる人の気持ちが良い具合に合流したとき、「上手くなれるかしら?」という不安を越えて、楽しいお稽古になるんじゃないかなと思います。