送り足とは?たった3歩で「テクテク歩く」を表現
「送り足」とは、右または左に3歩進む歩きですが、2歩目に進行方向と逆側を意識する、日本舞踊に独特の歩き方です。
言葉で説明してももどかしいので、いきなり写真で説明します。
下の写真は、京の四季の始めのほう。「いざ見にごんせ(東山)」で右足から、下手(右)側へ歩いています。(これは私が習ったフリですが、同じ坂東流でもお師匠さんによってフリは違います)
次の写真は、雨の五郎の始めのほう。「通い通いて(大磯や)」で、右足から下手(右)側へ歩いています。
一歩目は進行方向へ足を出します。右は右足から、左は左足から。(日本舞踊の歩きは、送り足でなくても右へ進むときは右足から、左へ進むときは左足であることがほとんどです!)。
例えば、右で説明します。
1)右足で右に1歩目を踏み出す。
2)2歩目は、左足を右足のやや前のあたりに、出す。このとき体の向きがやや左を向くので、右肩が前に出て左肩が引ける。それに伴って右手は左方向に動く
3)3歩目は、体の向きが2歩目と同じで、右足を進行方向(右)に出す(左足に揃える程度)。ただし、右手は1歩目と同じ方向。
文章にすると、頭がこんがらがりそうですが、そんなに難しいフリではありません。ほとんどの踊りには出てくる、基本中の基本といっていい型ですから。どんな人でも最初はひたすらお師匠さんのフリを真似て、身につけているのではないでしょうか。
ところが、私はお稽古歴30年以上にもなるのに、いまだにお師匠さんから送り足を注意されます。注意される点は主に体の向きです(あとで説明します)。指摘されるたびに、「送り足って奥が深いな~」と思うのです。
名著・花柳千代さんの『日本舞踊の基礎』でも、送り足についてはごく簡単な図でしか説明されていません(p114「特殊な足の使い方」)。あまりにもよく出てくる基本なので、先生は重視されなかったのかもしれません。今回は、基本中の基本だけれど、奥が深~い送り足について考えてみます。
実質たった2歩、なのに4歩の距離を歩いたように見える不思議なワザ
京の四季のように、手やお扇子をかざして、景色を見ながら歩くとか、雨の五郎のように、廓(くるわ)に通うとか、送り足には、「歩いてどこかに行く」という意味をこめて踊られることが多いと思います。
車(自動車)のない江戸時代のことですから、現代人とは比べものにならないくらい歩いていたことでしょう。その江戸時代の「歩いてどこかに行く」を、たった3歩で表現しているのが「送り足」なのですね。実際に踊っていると、まるで江戸時代の人と同じようにテクテクとたくさん歩いているような気分になるから不思議です。雨の五郎の歌詞のように「通~い、通~いて~」という感じです。
もっと不思議なのは、3歩といっても、踊っている本人にとっては2歩目と3歩目が小さいので、実質2歩くらいの距離を移動しただけです。しかし、踊りを見ている観客からは、その倍の4歩くらい歩いているように見えるんです!
踊り手本人にとっては実質2歩、しかし観客の側から見ると4歩も歩いている!――これが送り足という日本舞踊独特の技の魔術だ、と思うのです。
「弾みの体」と「体の返し」
この魔術を解くカギは、日本舞踊の体の使い方にあります。私がしょっちゅう師匠から注意されるのは、まさにこの体の使い方についてなのです。
まず、「弾みの体」を使うこと。これは、1歩目の前を出すために、「0歩目」で弾むということです。0歩目で弾むというのは、一瞬、手と足・体が、進行方向の反対の方向に振れるということ。たとえると、ピッチャーが投げる前に振りかぶる動きです。そして、その勢いで、1歩目を出します。
一番左が0歩目の「弾みの体」です
0歩目の一瞬が大事で、これはお稽古で何度も曲を聞いて身につけるのみ!「送り足」が始まる音の一間か半間くらい前に、三味線やお囃子の方が「ヨーイ」とか、「フッ」と息を込められるところがありますが、そのときと「弾み」の0歩目が一致することが多いですね。
「弾みの体」を使うことで、実際は1歩なのに、0歩+1歩で2歩分の距離を移動したように、観客からは見えます。
次に使うワザは、「体の返し」。これは2歩目に体の向きを変えることです。1歩目が進行方向・右とすると、2歩目は体の向きが左(90度くらい)に変わるのです。足の位置も、1歩目の斜め前。腰からちょっとひねる感じになります。
大事なのは肩で、左の肩が引けて右の肩が出る。手の位置も進行方向と逆に振れます。
3歩目は、その体の向きのままで、足と手が進行方向に変わります。体の向きが変わらないので、足の位置は2歩目の少し右くらい。雨の五郎のような男型だと、足をそろえるだけということが多いですね。
ところが3歩目の手の位置は、進行方向に大きく出ます。大げさにいうと、右の肩越しに、右手右腕が伸びる感じです。
この手が伸びることで、観客の目には2歩目から3歩目に大きく移動したような“錯覚”が起こります。しかし、実際には2歩目→3歩目に、体と足はあまり移動していないのです。
まとめます。1)足、2)手と腕、3)体の向き に分解すると、
0歩目:全部進行方向と逆(ただし、あくまでも「弾み」)
1歩目:全部進行方向へ(ここから、送り足のフリが始まる)
2歩目:全部進行方向の90度逆へ(ただし、目線および意識は進行方向)
3歩目:体の向きは2歩目と同じ、足は進行方向へ揃える、手と腕を進行方向へ大きく
流派や教える先生によって多少の違いはあるかもしれませんが、以上が、私が口酸っぱく教えられた「送り足」の基本的な体の使い方です。
初心者が正しく身につけるには?
最初からこんな理屈っぽいことを言っていては、初心者は頭がこんがらがります。まず立ち稽古で、お師匠さんのフリを真似て身につけていくことだと思います。
ところが、初心者さんには間違えやすいポイントがあります。3歩目は、手の大きな動きにつられて目の錯覚が起こるので、3歩目を1歩目と同じように、体の向きも足の運びも進行方向に大きく出てしまうのです。
教える立場からすると、細かい点を指摘しすぎては、初心者さんはなかなか前に進めません。あえてその間違いを指摘しないで先に進むか、いやいや変な癖がつかないように、徹底的にそこを注意して直させるか?は悩みどころです。
そこで、初心者さんでも正しい送り足を身につけやすいフリを見つけました。それは、京の四季や雨の五郎の中に、ちゃんと入っていたのです!
京の四季は、「色香あらそう(夜桜や)」のところ。
雨の五郎は、(藪のうぐいす気ままに鳴いて)の後、「うらやましさの(庭の梅)」のところです。
進行方向左ですが、扇子を持った右手を、体の前で大きく円を描くように振るので、体を返しやすいんです。手と腕を使って、自然に「体の返し」を体感することができます。
0~3歩目の体の返しを身につければ、すべての送り足はその原則で踊ればよいのです。
女の送り、男の送り、役柄と踊りの意味によっても違う
日本舞踊の歩き方は、女と男で違い、女も、子供、娘、芸者、老婆で違い、男も、町人、武士、荒事系と違いますので、送り足も役柄に応じてちょっとずつ違いますね。
また、その送り足で表現する内容や、曲の速さ(早いのか、ゆっくりなのか)によっても、体の返す大きさが違ってきます。
ですので、送り足を型どおりカチコチ踊っていると、師匠から「そこは違う!」と叱咤が飛びます。
「体を返しすぎず、もっと少しでいい」とか、「そこは踊りすぎずに、普通に」とか、我が師匠によると、その「ほんのちょっと」が、雰囲気を出すために大切なのだそうです。
細かいことを、体で表現できるようになるのは難しくて涙が出ます!しかしながら、 80年以上踊り続けてきた師匠に、私は一生かかっても追いつけないわけですから、細かく指摘していただけるだけでも有り難いと思いながら、お稽古をつけてもらっています。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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