プロフィール

坂東 三乃智(ばんどう みのとも)
Bando Minotomo

ようこそお越しくださいましてありがとうございます。日本舞踊の坂東流師範・坂東三乃智でございます。千葉県船橋市にて、日本舞踊ときものの着つけ教室を開いております。

当ホームページを通じまして、皆様に日本舞踊をはじめ伝統的な世界の楽しさをお伝えしていければと存じます。どうぞごゆっくりご覧ください。

プロフィール

  • 出身   東京都江戸川区
  • 在住   千葉県船橋市
  • 出身校  上智大学経済学部
  • 趣味   山登り
  • 家族   夫とメダカ

経歴

3歳で日本舞踊坂東流、坂東三津時師に師事。1990年より坂東三之喜久師匠に師事し、 2007年坂東流名取試験合格。坂東三津五郎家元より芸名「三乃智」をいただく。

会社員のかたわら、日本舞踊とともに、きものの着付けと礼法を学ぶ。三乃喜久師匠の逝去に伴い、17年より坂東春敏師匠に師事。18年坂東流師範試験に合格。邦楽囃子方福原百之助師に師事。

舞台は「三ツ面子守」「新曲浦島」「島の千歳」「お祭り」「神田祭り」「藤娘」等(坂東流チャリティ舞踊会等)。

日本舞踊との出会いと これまでの歩み

3歳のとき、1人で歌ったり踊ったりしている私をみた父が、家の近くで日本舞踊を教えている「お師匠さん」のところにつれていき、踊りを習いに行くことになりました。母方の祖父も長年長唄を嗜んでいたので、喜んでいました。

 

「お師匠さん」は坂東流の坂東三津時師匠。日本舞踊を次世代に伝えていこうと使命感をもった方で、お弟子さんも大勢いました。褒め上手のお師匠さんのおかげで、一生懸命お稽古をすることが楽しかったです。

「妹背山」の橘姫、「鏡獅子」の胡蝶、「靭猿」の猿、「娘道成寺」の所化(坊主)、「お夏狂乱」の子ども、「勢獅子」の手古舞等、舞台をふませていただきました。このことは私の心の財産となっており、原点といえるものです。

中学校受験を契機に大学時代まで、10代20代という心身が一番成長する時期に日本舞踊から離れてしまったのは、今思うとちょっと残念…。20代後半に編集者を自分の仕事と定めましたが、未熟な自分をもっと豊かにしたいと、子どものころに習っていた日本舞踊を再開することにしました。

日本舞踊にはいろいろな流派があるにもかかわらず、このときご縁のあった「お師匠さん」も偶然にも坂東流でした。

それから約30年、いつ日本舞踊をやめてもおかしくない困難がありましたが、不思議とつづけていました。やはり「好き」なのが一番だったのだと思います。

 

名取をとったのは40代半ばで、もう子どものない人生をおくろうと思い定めたときです。会社員として編集者をしながら、いつか日本舞踊を教える師匠を仕事にしようと、きものの着つけや礼法も学びました。

東日本大震災もあり、50歳になるのを一つの節目と考え、会社関係の知り合いに教え始めました。副業であり、パイロット(試験的な取り組み)としての位置づけです。

こうして試験的な取り組み9年をへて、かねてからの夢だった日本舞踊教室を本格的に開くことにいたしました。