きものを着るときに、補正をしていますか?補正は、肌着(肌襦袢、裾よけ)の上に、タオルやさらし布、綿などを使って体型を補うものです。
もともと立体的に縫ってある洋服と違って、きものを着るというのは、体を筒に見立てて、その筒を平らな布で巻いていくという作業です。体には凹凸があるので、補正しないとしわしわ、ゆるっとした感じになってしまいます。へこんでいるところを補正で補って、布をピタッと密着させ、きれいな着付けにするわけですね。
胸が薄い私の補正方法
補正する場所は、①ウエストのくびれ、②ヒップの上、③胸の鎖骨まわりのくぼみ―の3カ所。今や、どこのきもの教室に行っても、この3カ所を補正する方法を習うと思います。
私が一番初めに着付けを習ったきものの学校では、タオルを2枚つなげたものに、それと同じ長さのガーゼをつなげたものを作るよう指導されました(下写真)。これを、肌着を着た上で、ウエストのくぼみに帯のようにグルグルと巻くわけです。
痩せている人は、厚めのタオル地で、それほどでもない人は、温泉タオルのような薄いタオル地で作ればよく、最後にガーゼがピタッと張り付いてくれるので、なかなかスグレモノ。今でも使っています。ただ夏はちょっと暑いので、タオルでなく晒し(さらし)に代え、ヒップの上だけタオルを1枚入れるだけにしています。
ヒップの上の補正は、市販のものを使っています。ヒップの上の補正の目的は、帯のお太鼓をきれいにしめるためです。ですから、お太鼓を締めない、日常のお稽古のときはヒップの補正はしていません。
ウエストの周りにタオルの補正を巻き、ヒップパッドをつけたようす
胸の鎖骨まわりは、くぼんでいるところに綿やタオルを折って補いますが、半襟と襟をきれいに見せるためのもの。私は胸が薄いので、襟をキチッと着るため、試行錯誤の連続でした。いや、今でも良い案があれば、教えて欲しいくらい、いろいろ試しています。
薬局で衛生用品の綿をたくさん買ってきて、適当な量をちぎって鎖骨の下のくぼみに貼り付ける方法、タオルを肌襦袢の襟にそって折り上げる方法などありますが、今のところ私が落ち着いているのは、写真のように、ガーゼタオルを折り、浴衣地の余り布とひもで作った自家製の補正品で押さえるという方法です。
しかしこの胸回りの補正も、踊りのお稽古のときはしていません。面倒だし、踊りを踊れば汗をかくからです。
補正は着付け教室が広めた
さて、明治の後期生まれの私の祖母は、きものを普段着で着ていた世代です。普段着ているならこんな補正はしていなかったんじゃないかと思います。また、私の子どもの頃に習ったお師匠さんも、きものを着て街中を歩いているとき、結構ゆるっときものを着ていたように記憶しています。つまり補正はしていないはずです。
そう考えると、着付け教室等に行って、当たり前のように「補正はするもの」と習うけれど、それは最近の傾向であって、もとの形は、補正は要らないんじゃないか?という疑問が、ずっと私の中にありました。
その疑問に答えてくださったのが、今、実践的な着付けを教えてもらっている、芸者のお姐さんでした。お姐さんは、きものの歴史に造詣が深い方です。以下、教えていただいた内容を私なりの解釈も加えて書きます。
昭和の時期に普通にきものを着ていた人は、もちろん補正をしていなかった。補正をするようになった理由の第一は、日本人の体型の変化だそうです。日本人の体型は、戦後、欧米型となり、身長が伸びて、バストヒップの凹凸も大きくなりました。例えば明治~昭和の戦前では、身長が10センチ、戦後では20センチも伸びました。また昔の日本人は、今よりずーっとずんどうだったそうで、それなら、ウエストのくびれのための補正は必要ないでしょう。
もう一つの理由は、戦後、きものの着付け教室が、きれいにきちんと着るために補正を流行させ、それが標準になったということのようです。
つまり、きものは晴れ着であり、きちんと着るもの、というのが一般的なイメージとなり、ゆるゆると普段着のように着ることは、きものを着る人口の減少によってすたれてしまった、ともいえます。
確かに、きちっと着られる方が美しいし、いいに決まっています。しかし、「きちんと着るもの」というイメージが一般化すると、かえってハードルが高くなるという側面もあるのではないでしょうか。
きものの着付け教室が広めたのは、普段着の着付けでなく、よそ行きの着付けなのです。
補正は「お化粧」のようなもの?
テレビを見ると、時代劇でたいてい女優さんは襟元をビシッときれいに着ています。襟元は、顔のすぐ下ですから、目立ちます。このイメージは大きいと思います。しかし、私はそれを見ると、「これはプロが、ちゃんと補正して着付けているからなんだよね~」と思ってしまいます。
例えば、私達が本舞台で踊るとき、衣装屋さん(時代衣装をたくさん持っていて、それを着付けられるプロ中のプロ)が着付けをしてくれます。衣装の下には、布団のような補正を何枚も重ねて巻かれ、ひもできつく縛られます。どんなに激しく踊っても、着崩れることはありません。
衣装屋さんが着付けてくださる様子。補助も含めて3人がかり
芸者さんがお座敷で着るのは、裾をひきずるきものです。それが仕事ですから、ビシッと着るためにあらゆる工夫をされています。きものそのものに重量があり、きものを支えるひもは、私達が通常使うものとは違う、丈夫で太いひもを使い、そうしたひもや補正を、自分の体型に合わせてを手作りされている場合もあるようです。
日本舞踊や着付けを教える私達も、きものを着るプロではありますが、そこまでビシッと着ているわけではありません。人前に出る、外出して人の視線にさらされるときには、補正をして襟元をきちっとして着るものの、お稽古や家で普段着のように着るなら、補正は必要最小限にして、ゆるっと着ています。
そう考えると、補正は、いわばお化粧のようなものではないかと思うのです。TPOに応じて、したりしなかったりするものではないかと思います。
回数が増えると、自然にきれいに着られる身体になっていく
インターネットで、「補正要らない」という意見を調べてみました。「要る派」「要らない派」をざっくり比べると、「要らない派」が少数派のようですが、それでも存在しています。私はどちらかというとシンプルが好きで、心情的には「要らない」派かもしれません。
だいたい、きものを着る回数が増えると、きれいに着られる身体に、自然となっていくのも事実なのです。ひもや帯で締めることで、身体全体の筋力とか張力がついていきます。日本舞踊で骨盤周りの筋肉をよく使うので下半身が締まり、逆に上半身は背中周りの筋肉を使って背筋が伸びるので、襟が胸に乗って襟元も崩れにくくなります。あえて補正しなくても、と思えるようになるんです。
とはいえ、女子は、化粧やお裁縫などちょっとした工夫が好きですから、「補正要る」派に軍配が上がるのかな~?とも思います。補正をする面倒くささよりも、楽しんでいる方も多いのではないでしょうか。
最近の若い女性は、きものを和洋折衷で大胆に着こなしています。ビックリしますが、「こういうのもありだな~」と思うのです。「きれいに着なければいけない」とプレッシャーを感じ、よそよそしいものに追いやってきもの文化がすたれるくらいなら、どんどん大胆に着こなしてほしいと思います!
最後までお読みいただきありがとうございます。
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